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こんど初めてインドに行くことになったので、
Slumdog Millionaire(スラムドッグ$ミリオネア) を改めて見てみた。
アカデミー賞8部門を受賞した、とても有名な作品。何度見てもすばらしい。

監督のDanny Boyleといえば、あのTrainspottingを作ったことで有名ですが、
Slumdog MillionaireはTrainspottingを超える出来映え。

主人公Jamalは、インドのスラム出身の青年。
その青年がWho wants to be a millionaireというTV番組(日本でいうクイズ$ミリオネアのインド版)に出演し、あと一問で全問正解という場面まで進む。ところが、スラム出身の無学であるはずの彼がクイズに次々と正解したため、不正の疑いがかけられ、警察に連行されて取り調べを受ける。彼が警察に対して語る生い立ちと半生が描かれる。


インドという国を表すキーワードを挙げるとすれば「重層性」とか「多元性」ということになるのだろうか。同じ国の、同じ場所で、さまざまな生い立ちの、さまざまな階層の人々が同時に生活している。同じ場所で暮らす人々なのに、その生活は根本から大きく異なる。複数の社会が一つの場所で重なり合って存在している。

そんなことはどこでも当たり前のことかもしれない。日本でも、異なるコミュニティに属す様々な社会的立場の人々が、同じ場所と時間を共有している。例えば朝、駅に行けば、サラリーマンが通勤する隣で、選挙演説をしている候補者がいる。深夜から朝まで働くコンビニの店員がいて、そのコンビニで買い物をする小学生がいる。楽しそうな外国人旅行客の脇で、ホームレスの人達が寝ている。それぞれの集団が、自分たちの世界に浸かったまま、そこにいる。

しかし、インドという国を(映画や本や人づてで)見聞きする限りでは、インド社会の多元性は、この国や、他の多くの国や地域の比ではないようだ。カーストの影響もあり、同じ場所に住む人々でも、生い立ちが違えば、入る店も違うし、話す内容も仕事も金銭感覚も、あらゆる要素が違うと聞く。低い階層の生まれという背景から脱出して、新しい生活を手に入れるには、Slumdog Millionaire の主人公のようにTVのクイズやギャンブルで大金を手に入れるか、ITベンチャーなどの振興産業で名を挙げるかしかないのかもしれない。

Slumdog Millionaireがすばらしいのは、そのインドの重層的、多元的な世界に住む異なる社会の人々の生活のコントラストを、鮮やかに描いた点。子供の人身売買や宗教対立による主人公Jamalの母親の虐殺といったスラムの人々の底辺の生活と、高層ビルやきらびやかなテレビ番組といった、同じ都市に存在する華やかな世界が対比させられる。

日本をはじめ比較的裕福な国に住む私たちが馴染み深く感じるのは、Who wants to be a millionaireのTVのシーンだと思う。そして、そのTV番組のスタジオの空気感と、主人公の住んでいる世界との違いには凄まじいものがある。

それら別々の世界同士の対比が最も鮮明に描かれるのは、映画終盤、クイズ最後のライフラインであるテレフォンでJamalが、同じくスラム出身で幼なじみのLatika と電話で話すシーン。TVの生放送で多くの人々が見守る中、2人は会話する。この場面は一級品だと思う。

Jamal: Where are you?
Latika: I'm safe.

平和の象徴のようなお茶の間クイズ番組の世界と、JamalやLatikaが住む危険と隣り合わせのもう一つの世界が、見事にここで交差する。




インド旅行が楽しみです。
08.31 (Tue) 01:19 [ 映画 ] CM0. TB1. TOP▲
話題になっている「告白」を見に行ってきました。

最初から最後までぜんぜん飽きさせない展開が良かったです。
エンターテイメントとしては最高の出来。


ただ、趣味が悪い映画だなという印象が強いです。
社会的な問題を取り上げてその闇を指摘しているという社会派の映画に扮して、
話題性を得るためのどぎつい描写を正当化しているというか、そんないやらしい感じを受けます。
製作者サイドとしては、単に刺激が強く面白いものを作りたかっただけで、うけるためのネタとして実際に起きた残酷な事件・犯罪を鮮やかにアレンジして取り込んでいるだけなように見えます。そういう悪趣味な映画だと僕は感じました。

なので、深遠なテーマを語っているように見えて、心の深いところには何も伝わってきません。
大切な友人には薦めたくない映画です。


原作は読んでいませんが、作者が教師経験者ということなので、ちょっと興味があります。
06.23 (Wed) 00:12 [ 書籍 ] CM0. TB0. TOP▲
村上春樹の「ノルウェイの森」。
彼の多くの小説の中でも、もっとも素晴らしいタイトル。
このタイトルにはどのような意味があるのか。
彼の小説のファンならば、その意味に気づくか、どこかで耳にした人がほとんどだと思うけど、2010年秋にはノルウェイの森も映画化されるようだし、ちょっと解説してみる。

まずはじめに、「ノルウェイの森」というタイトルは、ビートルズの曲「Norwegian wood」(ノルウェイの森)からとったものである。

37歳になった主人公の「僕」が、不意に聞こえてきた「ノルウェイの森」によって過去を思い出すシーンから小説は始まる。そのとき「僕」が思い出したのは、直子と共にレイコの弾くノルウェイの森を聞いた20歳前後の時の情景。その後、小説では「僕」の過去が語られる。

ビートルズのNorweigian woodの歌詞は、女の子の家で一晩を過ごす男の視点で書かれている。いろいろな解釈があるので気になったら調べてみると面白い。

歌詞はこんな感じ。

I once had a girl, or should I say, she once had me...
She showed me her room, isn't it good, Norwegian wood.
She asked me to stay and she told me to sit anywhere.
So I looked around and I noticed there wasn't a chair.
I sat on a rug, biding my time, drinking her wine.
We talked until two and then she said, "It's time for bed"
She told me she worked in the morning and started to laugh.
I told her I didn't and crawled off to sleep in the bath.
And when I awoke, I was alone, this bird had flown.
So I lit a fire, isn't it good, norwegian wood.





実は、Norwegian wood をノルウェイの森と訳すのは間違っている。
(もちろん、翻訳者は確信的に誤訳したのだろうと思うが。)

この場合、Norwegian woodは、直接的には、その女の子の家にあったノルウェイ産の安い家具のことを意味すると言われている。(もしくは、ノルウェイの木材を使った部屋の内装のことだとも言われている。)

She showed me her room, Isn't it good, Norwegian wood
彼女は部屋を見せてくれた。ノルウェイ産の家具も悪くないよね。


そして、このNorwegian Wood が Knowing she would(正確な訳は不可能だが、「彼女がそうするであろうことを知っていた」「そうするであろうことを知りつつ」「彼女はそうするつもりだった」といった感じの意味)の言葉遊びになっているという説がある。

そうなると、この歌詞は

She showed me her room, isn't it good, Norwegian wood.
彼女は部屋を見せてくれた。いいよね、彼女がさせてくれるって分かってるって。


というウキウキな意味にも解釈できる。


そして、ここに目をつけた村上春樹は天才的。
村上春樹の「ノルウェイの森」は、明らかに、Norwegian wood = Knowing she would...という意味と捉えられることを強く意識してつけられたタイトルになっている。


「ノルウェイの森」= 「Knowing she would...」(彼女がそうするであろうことを知っていた)

sheはおそらく直子のこと。
そうすると、Knowing she would... に続く言葉は、自ずと見える。

直子は、自分の心を捉えていたキズキの死が最終的に自分に何をもたらすかを最初から知っていたのかもしれない。
「僕」も心の奥ではそれを予感をしていたのかもしれない。
「ノルウェイの森」というタイトルは、物語全体に死の影を落としている。
直子が最終的に死ぬことは物語の冒頭で間接的に記述されている。
彼女がいずれそうなることを知りつつ(Knowing she would)、読者は物語を読み進めることになる。
06.22 (Tue) 00:49 [ 書籍 ] CM0. TB1. TOP▲
「心と認知の情報学」を読んだ。
著者は石川幹人。


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第5世代コンピュータプロジェクトに参画していた著者が、

「機械の限界は何なのか、人間は機械ではないのとするとどんな存在なんだろうか」

という点について興味を持ち、その研究過程で得られた知見をまとめた本。

心を持つ機械やロボットを作ろうという試みは、必然的に、人間というものの本質を明らかにしていくことにつながる。
これは、作ることで理解する(Understanding by Developing)という構成論的アプローチと呼ばれる。

2部構成になっていて、第1部では、心を持つ機械を製作しようという"失敗つづきの試み”を紹介し、我々が素朴に考える人間像と人間の存在の本質のギャップを確認する。
第2部では、生物進化アルゴリズムや、認知神経科学、意識の問題などを計算論的に捉えていく。

少し物足りない感もあったが、なかなか面白かった。
06.03 (Thu) 23:27 [ 書籍 ] CM0. TB1. TOP▲
ファイトクラブ を見た。

だいぶ前も一度見たことがあった映画だけど、その時はあんまり面白くないなと思った映画。
メインのオチがありきたりすぎ。
Mindfuckingな映画って、いくつか見るとどの映画も先が読めてしまうのが難点。
このジャンルは、やっぱり何も知らずに最初に見た映画が一番面白い。

で、今回は、たまたま友達が見ていたので見ることになった。
感想は、「以前見たときよりも断然面白い。」
カルト、暴力、殴り合いによる精神の解放、破壊衝動、変身願望など、あらゆる要素がつまっている。
映像も鮮烈で、単純にアート作品としてみても素晴らしい。
まとめ方が上手ければ古典的名作となっていたかもしれない。

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Brad Pittの英語がすごく聞き取りにくかった。英語の聞き取り力が下がってるみたい。
気をつけないと。
06.02 (Wed) 23:54 [ 映画 ] CM0. TB0. TOP▲
環on 映画会に行ってきました。

月イチで京大の先生が案内人となって、おすすめの映画を紹介、解説してくれる映画上映会。
先生方がこれまでに出会った最も素晴らしい映画を紹介してくれるため、
基本的にハズレ映画がないのが特徴。

今回は精華大学でドイツ文学・現代文明論を研究しておられる池田浩士先生が案内人となって、1958年のポーランド映画「灰とダイヤモンド」を紹介してくれた。


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ポーランドはロシアとドイツに交互に支配されてきた歴史がある。
この映画では、1945年5月8日から9日、つまり、第2次世界大戦でドイツが連合国軍に降伏した日の前後の2日間の出来事が絵描かれている。

当時のポーランドはナチスドイツによる支配からソ連の「解放軍」によって「解放」されていたものの、結局「解放軍」と呼ばれるソ連軍によりソ連に支配される形となっており、また過去の歴史もあって、ポーランド国民の間では反ロシア感情が根強く残っている。

メインとなる登場人物は、第2次世界大戦当時、祖国ポーランドを追われロンドンに亡命したロンドン亡命政権の一派の国内軍に属するアンジェイとマチェック。
2人は「ワルシャワ蜂起」を地下下水道で戦った数少ない生き残りであり、親友である。
自由のための戦いによって多くの仲間を失ってきた歴史を背負って生きている。
2人は、ロンドン亡命政権系の国内軍に属しており、ソ連亡命から帰ってきたポーランド労働者党(共産党)幹部のシチューカを暗殺する命令を受ける。

シチューカはポーランド人であるが、社会主義国ロシアとの関係が深いため、ロシア・ソヴィエトと敵対する亡命政権系の国内軍にとっては、憎むべき対象となっていた。
そのシチューカも、ナチスドイツによるポーランド占領時の強制収容所の生き残りであり、スペイン内乱での社会主義系の軍組織「国際旅団」の生き残りでもある。
彼もまた、多くの戦友の死を回想しながら、その命と歴史を背負って生きている。

ソ連共産党と繋がりが深いとはいえ、同朋のポーランド人であるシチューカを暗殺することに、マチェックは躊躇いを感じる。
マチェックは、敵と戦う(人を殺す)ことを目的とする生き方を変えようとし、ホテルのバー・ウェイトレスのクリスティーナを愛することで、それを果たそうとする。

歴史と偶然に翻弄され、それぞれに死者の命と歴史を背負った登場人物たちの生き方や考え方が、映画では鮮烈に描かれてて、素晴らしい映画でした。ここ最近見た映画の中では間違いなくトップの映画。紹介してくれた池田先生に感謝。


池田先生による丁寧な解説を受けてから映画を見たおかげで、多くの気づきがありました。
自分ひとりでこの映画に出会っていても得られなかったものを沢山得ることができて良かったです。


以下、解説と懇親会で出てきたトピックのメモ

「残念ながら、「歴史」と「個々の人間の人生」の関係について考えて見ると、人間の生ではなく、歴史が主人公であるらしい」
→なぜ映画会のテーマを『「歴史」にとって人間の「生」とは何なのか?』としたかという質問に対して。
歴史に翻弄されて生きて死ぬ人々が厳然としてそこにいるという事実。「歴史を語る時、そこにマチェックは登場しない」

「自分の身近な人が殺され死んでいくことを悲しむことが許されない時代があった」
→マチェックに心を開くことを拒もうとするクリスティーナに対するコメントの中で。
クリスティーナは、家族も兄弟姉妹も失っている。その状態に対し、悲しむべき人がいない私は幸運だとクリスティーナは言う。

「かつて一度でも起こったことは、またいつでも実現させることが可能である」
結局、この映画で起こった出来事には意味がなかったのか、という質問に対して。
結果はどうにしろ、一度そこでそれが起きたという事実は大きな意味を持つということか。


結局、何がダイヤモンドで何が灰なのか。
マチェックは、クリスティーナに「君がダイヤモンドさ」と言う。
池田先生の意見は、「生き方を変える」ことを決断しようとしたマチェックの中にあるのがダイヤモンドであるということ。
その決断を実行しない限り、ダイヤモンドは灰の中に埋もれ続ける。


個人的には、ダイヤモンドは「今ここに生きている人」であり、灰は「死んでいった人たち」だと感じた。友人や家族の死に面しながら生き残ってきた登場人物たちは、多くの死の重みを背負って生きている。その友人たちの思いの結晶(ダイヤモンド)が、いま生きている主人公たちの中に宿っているという解釈。正義(もしくは「良いこと」)の象徴としてダイヤモンドがあるのではない。死者を背景としてそれぞれの登場人物が見に付けた個人の歴史がダイヤモンドであり、そのダイヤモンド同士が濃密にぶつかりあう様子が描かれている作品なのではないだろうか。なんとなく、ですが。
06.02 (Wed) 23:48 [ その他 ] CM0. TB0. TOP▲
市販のポテチの袋には、いずれもほぼ正確に一定量(例えば80g)ずつポテチが入っている。ポテチの製造ラインにおいては、正確かつ高速にポテチを次々80グラムずつ計量して取り分けなければならない。この計量のための最適な機構にはどのようなものが考えられるか?

工学的な問題だけど、答えはエレガント。

ポテチは、形状的に密度が一定になりにくいので、枡みたいなものを使っても正確に量れない。
普通、重さを量るとしたら、すこしづつポテチを上から秤に落として、80グラムになったらストップ、みたいな機構を思いつきますが、それでは、ポテチを落とす速度が遅ければ遅いほど正確に量れることになる。つまり、一枚一枚チップを落とす状態が一番正確になる。 これだと、速度と正確さがトレードオフになってしまう。

製造ラインでは、最も遅い場所が全体の生産速度の限界を決めるので、これは良くない。


実際にはどうやっているかというと・・・
答えは下の動画で!
How its made. Potato Chips!


4:00からが計量のシーンです。
分かりましたか?
見て分からなければ、残念!

解説:
動画を見てみると、ポテトチップスが8系統のラインに分かれて、そのあとまた1つのラインに戻って袋詰めされているのが分かると思う。
何をやっているかというと、8個の器を用意して、それぞれ20グラム程度ずつ、ポテチが器に盛られている。
器には秤がついていて、それぞれ何グラムのチップスが入っているか正確に計測できる状態。
一つ一つの器の中のチップスの量は20グラム前後でばらついているけど、
その中から4つの器を上手く選んでやれば、重さの和が80グラムに近いものがあるはず。

そこで、コンピュータで計算して、8コンビネーション4で70通りの選び方から、80グラムに最も近くなる組み合わせを探す。
選んだら、それらの4つの器を解放して、ポテトチップスが落ちて合わさって、袋詰めされます。

このアイデアの凄さが分かるでしょうか?
計量の精度と速度がトレードオフになっていない。
しかも機構がシンプル!
工学的な問題って面白い・・・
05.30 (Sun) 23:21 [ その他 ] CM0. TB0. TOP▲
ちょっと線形代数を勉強し直そうと思い、見つけたのがこの本。
著者は、平岡 和幸 氏 と 堀 玄 氏 情報・システム関係の人かな?数学者ではないと思います。

とにかく、この本に対しては、素晴らしいの一言。
分かりやすく、イメージしやすく、基本とツボをおさえていて、それでいて関連分野の小話などもちりばめられている。もっとも素晴らしいのは、数学の基本に則りながらも、あくまで「線形代数がどう使えるか」に重点を置いて書かれていること。ここまで極めた本を書くのは並大抵のことではないと思う。著者の方々の深い知識がにじみ出ている。Amazonのレビューでも絶賛されてます。

プログラミングのための〜というタイトルが付いているが、プログラミングのためというよりは、線形代数そのもののよくわかる入門書という感じ。プログラミングに関しては、LU分解や固有値を数値計算で求める方法などを取り扱っているものの、それはメインではない。コンピュータに携わる人に、各分野での応用を見据えて線形代数の「意味」を理解してもらうために書かれている。大学学部の時の講義で、なんとなく固有値の計算法や逆行列の求め方を暗記して単位を取り、線形代数の本当の意味を体感することがなかった人などには、とくにおすすめ。

「固有ベクトルは計算できるけど、じゃぁ固有ベクトルって何?」
「行列式が0って、空間的にはどういうことだろ?」
みたいな疑問が氷解します。

プログラミングのための線形代数プログラミングのための線形代数
(2004/10)
平岡 和幸堀 玄

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すばらしい点を挙げます。

・徹底的に空間をイメージさせる点。行列を掛ける操作が空間的にイメージできるようになる。
・まず、これが使えるとどう嬉しいか、という点を説明し、その後に詳細を解説する点。高い視点から全貌を見降ろさせてくれる。
・最低限の事前知識でも読めるように工夫されている点。これは徹底していて、少しでも他の知識が必要な話題となると、必ず注釈や付録に解説されている。
・途中で内容についていけなくなる人をフォローしまくっている点。いたるところに「“えっ?”って思った人はOOページをもう一度読んでください」という注釈が入っている。
・目的のためにどこをどのくらい勉強すれば良いかが書いてある。ここは読み飛ばしてよい、とか、ここはしっかり押さえておけ、とか、これが分かれば、この話につながる、とか。

いつか入門書みたいなのを書く日が訪れたら、この本みたいにしたいなぁ。
線形代数を勉強したい人は、ぜひこの本を。
大学の講義も全部この本ですれば良いのに。


08.17 (Mon) 14:09 [ 書籍 ] CM0. TB0. TOP▲
創発システム・シンポジウムに来ています。

そこで知り合った人に教えてもらった動画がこれ。

アリ、すごすぎます。



どうやら、洪水のときに生き延びるために、コロニーのアリが集まってイカダになるらしいです。あんまり詳しいことは分かっていないみたいです。どうやってこんな振る舞いを獲得したのかが不思議。
08.10 (Mon) 00:28 [ 学問 ] CM2. TB0. TOP▲
アッサラームアレイクム。
ラバース。

清水芳見「イスラームを知ろう」を読みました。

イスラームを知ろう (岩波ジュニア新書)イスラームを知ろう (岩波ジュニア新書)
(2003/04)
清水 芳見

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この本も素晴らしい本です。
井筒俊彦の「イスラーム文化」と違い、この本はイスラームの人々の行動様式や習慣に焦点を当てた本です。イスラームの教えの基本、礼拝などの日常の義務、断食、結婚や死、来世に対する考え方など、イスラームの人々の実際が書かれています。最低限押さえておくべきイスラムに関する知識が詰まっています。

日本国内で死亡した身寄りのないムスリムの遺体を自治体が火葬してしまい、イラン大使館から厳重抗議を受けたトラブルや、スポーツ大会で来日したムスリムの選手に豚骨ラーメンをふるまってしまい、大問題になった事件など、イスラーム文化について少しでも知っていればトラブルにならなかった出来事が多くあります。これらの出来事は、無宗教でなんでも食べてしまう日本人にとっては大したことのように思えないかもしれませんが、ムスリムにとってみれば重大なことです(そのあたりの認識の違いが最もクリティカルな問題です)。こういったことが起きないよう気をつけたいものです。


さて、いろいろと面白いトピックが出てきたので、

読書メモとしてまとめておきます。


日本におけるイスラームのイメージについて
「厳格な一神教」「過激なテロ団体」「石油」「戦争」などのイメージが強いのではないか。これらのキーワードは、ニュースなどを通して伝わってきたもので、イスラームの一面しか捉えていない。

預言者ムハンマドについて
40歳くらいのときに唯一神アッラーから啓示を受け、預言者(ナビー)としての人生をスタートさせた。アッラーはこの世に12万4000人のナビーを遣わし、キリストやモーセやアブラハムもその一人。ムハンマドは、予言者ではなく預言者であって、アッラーからの啓示を受けている以外は普通の人であり、神性はないものとされる。アッラーが地上に遣わした最後の預言者がムハンマドである。

クルアーンについて
クルアーン(コーラン、はヨーロッパ訛りなので、クルアーンというのが望ましい)は、誦まれるもの、という意味を持つ。つまり、音読することが推奨される。クルアーンはアラビア語で書かれているので、イスラームとアラビア語は切っても切り離せない。アッラーの言葉を記した経典は、クルアーンだけではない。以前の預言者が残した旧約聖書・新約聖書の一部も経典とされる。ただし、クルアーン以外のものは人為的に改変された可能性があるとされる。

ハディースについて
ハディースとは、ムハンマドが生前に行ったことや、話したことのこと。どういう状況で、ムハンマドが何をし、何をしなかったか、という情報は、ムスリムが生きる上で、クルアーンの内容を補助する役割を果たす。たとえば、ムスリムの男性が髭をのばすのは、ムハンマドがそうするように命じたというハディースがあるから。イスラームで猫が愛されるのは、ムハンマドが猫を好きだったから。

六信について
六信とは、ムスリムが(存在を?)信じるべき6つの項目のこと。神、天使、経典、預言者、来世、天命。神はアッラー。天使は、ジブリールやイスラーフィールなどさまざまな役割ものがいる。経典はクルアーン。預言者はムハンマド。イスラームでは、最後の審判の日に、すべての生き物は一瞬にして死滅するとされる。しばらくして死者はアッラーによって蘇らされ、審判を受けることになる。その結果、天国が地獄に行く。それが来世となる。天命とは、アッラーによって定められた運命のこと。

五行について
五行とは、六信を信じたうえで、その信仰の証拠として実行すべき義務行為のこと。この五行は、信仰告白(シャハーダ)、礼拝(サラート)、喜捨(ザカート)、断食(サウム)、巡礼(ハッジ)です。シャハーダの言葉は
「ラー・イラーハ・イッラッラー。ワ・ムハンマド・ラスールッラー」(アッラーの他に神なし、ムハンマドはアッラーの使徒である)
です。また、ムスリムは生きている限り毎日1日5回の礼拝をおこなわなくてはいけない。金曜の正午には、モスクにあつまって集団で実施することになっている。喜捨とはもちろんお金を寄付することだが、これが義務として課せられている。ただし、現在はモスクなどで希望者が支払うところが多くなった。断食は、ヒジュラ歴(ムハンマドの遷都(ヒジュラ)を基準とする歴)の9月に毎日行う、日の出の2時間ほど前から日没の間の断食です。断食中は、飲食、喫煙、性交をはじめ、唾を飲み込むことも許されていない。最後に有名な巡礼だが、これはヒジュラ歴の12月に聖地マッカ(こちらの方が発音が近い)のカーバ神殿を詣でること。これは、肉体的、経済的に可能なものだけが行えば良いとされる。

イスラム教の広がりについて
当初数人しかいなかったムスリムは、いまや世界人口の5分の1から4分の1ほどの人数に達する。世界最大のムスリム人口を抱える国は、インドネシア。ヨーロッパでもムスリムは増加傾向にあり、フランスではプロテスタントを抜きカトリックに次ぐ第2宗教勢力になっている。アメリカ合衆国には600万から800万の人口がいるとされ、ユダヤ人口を上回っている可能性がある。

スンナ派とシーア派について
スンナ派はムスリムの90%前後を占める。クルアーンとムハンマドのスンナ(慣行)をそのまま承認する立場。シーア派は10%ほどをしめる。シーアとは「派」という意味で、シーア・アリー(アリー派)という形で用いるのが正確。アリーはムハンマドのイトコで、シーア派はアリーとその子孫こそムハンマドの正式な後継者と主張する。スンナ派とシーア派の特徴を一言で言うと、合議派と血筋派といえる。後継者選びの際に、スンナ派が皆の合議を重要視したのに対し、シーア派は血筋を重視した。ただし、基本的な点では両派に大きな違いは無い。実際、一般信者のレベルでは、自分がどの宗派に属するか良く分かってない人も沢山いるらしい。

イスラームへの改宗について
ムスリムになるのは意外と簡単。2人以上のムスリム証人の前で、「ラー・イラーハ・イッラッラー。ワ・ムハンマド・ラスールッラー」と唱えればあなたもムスリム。ふつうはイスラーム系法人などの公共の場で唱えることになる。ちなみに戦争の際には、ムワッビト朝など一部の王朝を除いて、普通は征服者側のイスラームが被征服者に対し改宗を強制することはほとんど無かった。アブラハムの宗教(キリスト・ユダヤ・イスラム)はイスラムからすれば同じ神を信じる同系列の宗教となるので。

平等主義について
イスラームでは、ムハンマドも含め、神性を認めない。いかなる人間にも、宗教的特権を認めない。よって、いわゆる聖職者も存在しない。スンナ派では、最高指導者カリフは政治的な指導者である。シーア派の最高指導者イマームには宗教指導者としての資格があったが、イマームは西暦874年以降現れていないとされる場合が多い。

契約思想について
預言者ムハンマドが商人だった関係もあり、イスラームでは契約を重視することが多い。アッラーとムスリムの関係も、契約的なものである。六信と五行、その他の決まりを守るから、来世は天国に行かせてください、という契約。
08.06 (Thu) 13:42 [ 書籍 ] CM1. TB0. TOP▲